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浅妻船[あさづまぶね]

文政三年(1820)年に初演された『浅妻船』[あさづまふね]は、三代目坂東三津五郎[ばんどうみつごろう]の七変化 『月雪花名残文台』[つきゆきはななごりのぶんだい]の冒頭の『浪枕月浅妻』[なみまくらつきのあさづま]が独立した曲です。

越後獅子[えちごじし]

新潟県西蒲原郡月潟村からでた獅子舞の大道芸は、江戸時代、踊りや軽業をみせながら、諸国を歩いていて、江戸でも親しまれたようです。

この大道芸は、角兵衛[かくべえ]または角兵衛獅子[かくべえじし]と呼ばれていました。

近江のお兼[おうみのおかね]

高下駄をはいた男勝りの田舎娘は、近江の美しさを語り、女心をみせて、最後に晒をふってみせます。

「色香白歯の團十郎娘」の詞章から、『團十郎娘』 と呼ばれることもあるこの演目は、強い女性のイメージを演出する事もある演目です。

鏡獅子[かがみじし]

日本舞踊の代表作のひとつといってよい『鏡獅子』は、新歌舞伎十八番のひとつでもあります。

前半の初々しい少女から、後半の獅子への変身が見どころの演目です。

加賀屋狂乱[かがやきょうらん]

『加賀屋狂乱』は、男性の狂乱物の舞踊です。

男性の狂乱物としては、最も有名なもののひとつ『保名』[やすな]と共通点が多くあります。

勧進帳[かんじんちょう]

能の『安宅[あたか]』を舞踊化した踊り。

能の舞台を日本舞踊の舞台に移した【松羽目物[まつばめもの]】として、舞台には松と竹をはじめとする、 能舞台から取り入れた装置を施しています。

喜撰[きせん]

『六歌仙容彩』[ろっかせんすがたのいろどり]のひとつである、『喜撰』[きせん]は、平安時代の名僧喜撰法師をかり、 江戸に置き換えて踊る演目です。

『六歌仙容彩』[ろっかせんすがたのいろどり]にあるように、もと小野小町をめぐって思いを打ち明けるが、その恋は成就しない、 という変化舞踊のひとつだけに、喜撰法師は、粋な坊主という役柄に仕立てられています。

京鹿子娘道成寺[きょうがのこむすめどうじょうじ]

「女形舞踊の集大成」、「舞踊界で最高の演目」とも評される、日本舞踊における最高傑作中の傑作ともいえる【京鹿子娘道成寺】。

この名作を上演できることは、プロの舞踊家にとっても、市井の舞踊家にとっても、アマチュア舞踊家にとっても、 最高の栄誉とされている。それほどの権威と面白さを兼ね備えた名曲なのではないでしょうか。

京鹿子娘道成寺1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草摺引[くさずりびき]

兄・曽我十郎の危機を聞いた弟・曽我五郎が鎧を持って出かけようとするところ、これを止めようとする小林朝比奈 (女性で上演される場合は、妹・舞鶴)が引き合う、という趣向の演目。

鎧の胴の下部分に付いているびらびらした部分のことをさして、草摺[くさずり]といい、朝比奈(または舞鶴) はこれを引いて止めることから、『草摺引』といいます。

葛の葉[くずのは]

享保十九年(1734)大阪竹本座初演の『蘆屋道満大内鑑』[あしやどうまんおおうちかがみ]四段目の道行をさして、通称『葛の葉』。 これを独立させたもの。

黒塚[くろづか]

悪鬼である老女岩手[いわて]が熊野の僧・祐慶[ゆうけい]ら一行を襲うが、 逆に法力で解脱させられるというストーリーになっています。

能の『黒塚』からとっているが、能以上に新しい解釈が加えられた演目です。その哲学的な命題を浮き彫りにした格調の高さが、 高い評価を得た演目でもあります。

傾城[けいせい]

傾城[けいせい]とは、遊女の最高位とされる人をさしていいます。

これは、中国で、「君主が色に溺れて、城や国を滅ぼす美女」という意味からきている、と言われています。

元禄花見踊[げんろくはなみおどり]

春、桜満開の上野に、丹前侍・湯女[ゆな]・若衆・町娘・町人・座頭・奴[やっこ]などの元禄風俗を彩るさまざまな人が集います。

総踊りの代表作といわれる演目です。

恋傾城[こいけいせい]

この曲は、もと『傾城』[けいせい] ですが、唄い出しの「恋と云う文字の姿~」という詞章からとって、『恋傾城』とよばれるようになりました。

傾城[けいせい]とは、遊女の最高位とされる人をさしていいます。

これは、中国で、「君主が色に溺れて、城や国を滅ぼす美女」という意味からきている、と言われています。

寿式三番叟[ことぶきしきさんばそう]

寿式三番叟として今日伝わっているのは、明治中期、豊沢団平[とよざわだんぺ]が復曲したものです。

義太夫の寿式三番叟が二人の三番叟でリズミカルな調子であるのに対して、長唄の寿式三番叟のほうは、 儀式性を重んじた調子になっています。

鷺娘[さぎむすめ]

しんしんと降る雪の中、鷺の化身である美しい娘が、白無垢姿で傘を差しながら、たたずんでいる。

そんな幻想的なワンシーンから始まる名曲。

日本舞踊【鷺娘】003

 

 

 

 

 

 

晒女[さらしめ]

高下駄をはいた男勝りの田舎娘は、近江の美しさを語り、女心をみせて、最後に晒をふってみせます。

「色香白歯の團十郎娘」の詞章から、『團十郎娘』 と呼ばれることもあるこの演目は、強い女性のイメージを演出する事もある演目です。

『近江のお兼』[おうみのおかね]と呼ばれるこの演目は、通称で『晒女』と呼びます。市井の日本舞踊家達には、今日この通称の 『晒女』のほうが、通りがよいのかもしれません。

汐汲[しおくみ]

能の「松風」にその趣向を借りた演目といえます。

在原業平[ありわらのなりひら]の兄:行平[ゆきひら]が、その昔、須磨証へ流されたとき、姉妹の海女、松風と村雨[むらさめ] とを愛したという伝説が、能に取り入れられて『松風』となり、やがては歌舞伎舞踊・日本舞踊にも取り入れられた、と考えられます。

芝翫奴[しかんやっこ]

吉原の遊郭に、主人のお供をしてきた奴[やっこ]がはぐれ、片手に提灯[ちょうちん]を持って、 主人を探してまわる、という設定の舞踊です。上演時間は、およそ15分程度で、とてもシンプルな曲とも言えます。

二代目中村芝翫[なかむらしかん]が踊ったことから、この供奴にことを、『芝翫奴』[しかんやっこ] と呼ばれていますが、『供奴』[ともやっこ] とも言います。

芝翫傾城[しかんけいせい]

傾城[けいせい]とは、遊女の最高位とされる人をさしていいます。

これは、中国で、「君主が色に溺れて、城や国を滅ぼす美女」という意味からきている、と言われています。

また、この曲は、もと『傾城』[けいせい] ですが、二代目中村芝翫[なかむらしかん](四代目中村歌右衛門)が踊ったことから、『芝翫傾城』[しかんけいせい] と呼ばれるようになりました。

時雨西行[しぐれさいぎょう]

西行法師と遊女の、時雨の雨宿りの間の出来事を舞踊化しています。

題材は能の『江口』によっていますので、品格の漂う曲となっています。

賤機帯[しずはたおび]

梅若伝説に趣向を借りた、隅田川物のひとつです。

子供を失って隅田川の渡し場をさまよい歩く狂女・班女[はんにょ]を舟長[ふなおさ]がからかいます。

執着獅子[しゅうちゃくじし]

能『石橋』[しゃっきょう]は、歌舞伎に入ると、女形舞踊と変化しましたが、この執着獅子[しゅうちゃくじし]もそのひとつです。

全体的には、古風でゆったりとした曲となっています。『英執着獅子』 に同じ。

新曲浦島[しんきょくうらしま]

『浦島』と題名に付いていますが、浦島太郎は登場しません。

様々に変化する「海」を素踊りで描写し、表現している演目です。

助六[すけろく]

歌舞伎十八番の『助六』のエッセンス的な内容の演目といえます。

歌舞伎十八番の『助六』の中の、河東節の助六の花道での出端を取り入れて、 移行した演目となっています。

高尾さんげ[たかおさんげ]

近年、六代目尾上菊五郎[おのうえきくごろう]がこの高尾さんげを取り上げて以降、陽の目をみるようになった一曲です。

富本・清元・荻江にも、曲が残ってはいますが、これは、長唄の曲です。

團十郎娘[だんじゅうろうむすめ]

高下駄をはいた男勝りの田舎娘は、近江の美しさを語り、女心をみせて、最後に晒をふってみせます。

『近江のお兼』[おうみのおかね]と呼ばれるこの演目は、通称で『晒女』 と呼びます。市井の日本舞踊家達には、今日この通称の『晒女』 のほうが、通りがよいのかもしれません。

この演目が『團十郎娘』と呼ばれるのは、「色香白歯の團十郎娘」の詞章からきています。

蝶々娘[ちょうちょうむすめ]

この演目は、宿下がりの屋敷娘たちの様子を描写した踊りです。

屋敷娘とは、 大名の奥方に仕える女性のことをさしていいます。

大名の奥は、自由に外出などが許されることがなかったので、休暇中、実家に戻ったとき、芝居を見に行く事が、 屋敷娘たちの最大の楽しみだったと言われています。

この演目は、本来『屋敷娘』 [やしきむすめ]とよばれていますが、曲中蝶とたわむれるシーンがあることから、別称として『蝶々娘』と呼ばれるようになりました。

土蜘[つちぐも]

能を移した松羽目物であり、新古演劇十種のひとつに数えられる演目です。

前半が、源頼光[みなもとのよりみつ]の館の場面で、後半には、土蜘[つちぐも]退治の場面へと展開します。

手習子[てならいこ]

おませな町娘が、日傘をさして寺子屋帰りに、のどかな春の陽を浴びながら、蝶を追ったりして道草をする様子を表現した演目です。

着物の肩上げもまだとれないような少女が、恋についてはいっぱしの大人のように踊るさまは、 そのおませさが可愛らしさを引き立ててくれるようです。

供奴[ともやっこ]

吉原の遊郭に、主人のお供をしてきた奴[やっこ]がはぐれ、片手に提灯[ちょうちん]を持って、 主人を探してまわる、という設定の舞踊です。上演時間は、およそ15分程度で、とてもシンプルな曲とも言えます。

仲蔵狂乱[なかぞうきょうらん]

初代中村仲蔵[なかむらなかぞう]が初演した事から、この演目は、『仲蔵狂乱』と呼ばれるようになりました。もとは、 江戸の顔見世狂言の中で、一番の中心となる五番目の曲でした。

子を思う父親の狂乱の演目であり、実はこの狂乱は偽狂乱で、娘を守らんが為のものであったというところが、この曲のテーマであり、 見どころである、と言えます。

二人椀久[ににんわんきゅう]

大阪の豪商であった椀屋九兵衛[わんやきゅうべえ]は、馴染みを重ねた傾城の松山太夫に入れあげすぎてしまい、 座敷牢に軟禁されたことから発狂した、と言われています。

この日本舞踊では、狂乱した椀屋九兵衛[わんやきゅうべえ]が松山太夫との華やかかりし頃の幻影をみて踊りますが、 やがてはその幻も消え、ひとり舞台上に残され、泣き倒れ伏す、という内容のものです。

俄獅子[にわかじし]

吉原には、八月一日から晴天三十日間、芸者・幇間[ほうかん]が、仮装をして凝った踊りの新曲を見せた年中行事がありました。 それを吉原俄[よしわらにわか]と呼びました。吉原俄は、別に、踊俄とか俄踊りとも呼びました。

この俄獅子は、この年中行事の催しと獅子舞を組み合わせて舞踊化したものです。

この年中行事吉原俄に廓情緒、獅子の狂いを組み合わせたところは、粋と洒落っ気を好んだ江戸っ子気質をよく表している、 と言われています。

橋弁慶[はしべんけい]

古くは、向こう鉢巻に七つ道具を背負った弁慶が、五条橋で牛若に袖を引かれる、という踊りだったようです。

しかし今日上演される『橋弁慶』という演目は、謡曲がアレンジされたものなのです。曲が一時期途絶えていたことも、 影響していると言われています。また、義太夫も、この長唄とほぼ同じかたちとなっています。

英執着獅子[はなぶさしゅうちゃくじし]

能『石橋』[しゃっきょう]は、歌舞伎に入ると、女形舞踊と変化しましたが、この英執着獅子[はなぶさしゅうちゃくじし] もそのひとつです。

全体的には、古風でゆったりとした曲となっています。

『執着獅子』に同じ。

花見踊[はなみおどり]

春、桜満開の上野に、丹前侍・湯女[ゆな]・若衆・町娘・町人・座頭・奴[やっこ]などの元禄風俗を彩るさまざまな人が集います。

総踊りの代表作といわれる演目です。

『花見踊』[はなみおどり]は通称で、本来は『元禄花見踊』 [げんろくはなみおどり]といいます。

羽根の禿[はねのかむろ]

禿[かむろ]とは、遊女の小間使いで、六歳~十三、四歳くらいまでの少女をさしていいます。

この曲は、少女の年齢不相応のおませさを表現しながら、初春の廓の雰囲気を描いた演目です。

藤娘[ふじむすめ]

日本舞踊の演目として、あまりに有名な一曲。とくにアマチュア日本舞踊家の中では、憧れの対象にもなっている曲、 と言ってもいいのではないでしょうか。

その衣装の美しさ・舞台装置の華やかさ、憧れを得るに十分な一曲です。

船弁慶[ふなべんけい]

この『船弁慶』では、静御前と平知盛[たいらのとももり]の霊の役を、ひとりで演じて踊ることになります。

義経との別れを惜しむ静御前の哀切さ、知盛の凄絶さという、ともに義経に対する愛憎ふたつの感情を、 ひとりの演者が踊り分けることになるわけです。

もちろん、最もこれがこの『橋弁慶』の難しい点ではありますが、もっとも見どころとされる点でもあるのです。

棒しばり[ぼうしばり]

能狂言をもとにつくられた舞踊であり、松羽目物のひとつといえる演目です。

松羽目物ですから、舞台装置は、正面には鏡板があり、その前には長唄囃子連中が並ぶというかたちになります。

曲中、棒に両手を縛られたまま踊る場面があり、舞踊の名手といわれた、初演の六代目尾上菊五郎や七代目坂東三津五郎に、 手を使わずに踊らせるという趣向のためにつくられた舞踊、ともいわれています。

身替座禅[みがわりざぜん]

能『花子』[はなご]を移した松羽目物のひとつです。

初演以降、七代目坂東三津五郎と六代目尾上菊五郎のコンビが好評で再演を繰り返し、尾上菊五郎家の新古演劇十種に加えられた、 という演目です。

内容は、男の浮気を、女房にしっかりと押さえられてしまう、という男性には怖いお話となっています。

紅葉狩[もみじがり]

舞台は、信州戸隠山の山中。

花道より登場する平維茂[たいらのこれもち]と従者二人は、上臈[じょうろう]たちの紅葉狩に引き止められます。場所を移して、 女たちにもてなされる平維茂[たいらのこれもち]と従者二人の一行でしたが、更科姫の踊りが佳境に入る頃、寝入ってしまうのでした。

屋敷娘[やしきむすめ]

屋敷娘とは、 大名の奥方に仕える女性のことをさしていいます。

大名の奥は、自由に外出などが許されることがなかったので、休暇中、実家に戻ったとき、芝居を見に行く事が、 屋敷娘たちの最大の楽しみだったと言われています。

この演目は、そんな彼女たちの様子を踊りにしたものです。

吉原雀[よしわらむすめ]

夏の葦原に群生する「よしきり」という鳥は、その鳴き声の特徴から『葭原雀』[よしはらすずめ]などと呼ばれましたが、 [よしはらすずめ]の音から、転じて「遊郭吉原の冷やかし客」もさして言うようになりました。

この演目には、本名題:『教草吉原雀』[おしえぐさよしわらすずめ]にあるとおり、吉原雀の典型的な姿を踊って見せましょう、 という意味がこめられています。(教草=お手本という意味)

連獅子[れんじし]

能の『石橋』[しゃっきょう]を歌舞伎舞踊化した連獅子には、親獅子・子獅子が登場して、前半には見どころとして、 親が子に試練を与えるため、谷底へ蹴落とすシーンが登場します。

六歌仙[ろっかせん]

『六歌仙』[ろっかせん]とは、『六歌仙容彩』[ろっかせんすがたのいろどり]の通称です。

この演目は、今日では、『文屋』[ふんや] 『喜撰』[きせん] が、独立した演目として上演されるケースも多い曲です。

また、

●『僧正遍照』[そうじょうへんじょう]は長唄・義太夫

●『文屋』[ふんや]は清元

●『業平・小町』[なりひら・こまち]は長唄

●『喜撰』[きせん]は清元・長唄

●『黒主』[くろぬし]は長唄

といったかたちで演奏されています。

六歌仙容彩[ろっかせんすがたのいろどり]

この演目は、今日では、『文屋』[ふんや] 『喜撰』[きせん] が、独立した演目として上演されるケースも多い曲です。

また、

●『僧正遍照』[そうじょうへんじょう]は長唄・義太夫

『文屋』[ふんや] は清元

●『業平・小町』[なりひら・こまち]は長唄

『喜撰』[きせん] は清元・長唄

●『黒主』[くろぬし]は長唄

といったかたちで演奏されています。

『六歌仙容彩』[ろっかせんすがたのいろどり]は、通称で、『六歌仙』[ろっかせん] とも呼ばれています。