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橋弁慶[はしべんけい]

古くは、向こう鉢巻に七つ道具を背負った弁慶が、五条橋で牛若に袖を引かれる、という踊りだったようです。

しかし今日上演される『橋弁慶』という演目は、謡曲がアレンジされたものなのです。曲が一時期途絶えていたことも、 影響していると言われています。また、義太夫も、この長唄とほぼ同じかたちとなっています。

英執着獅子[はなぶさしゅうちゃくじし]

能『石橋』[しゃっきょう]は、歌舞伎に入ると、女形舞踊と変化しましたが、この英執着獅子[はなぶさしゅうちゃくじし] もそのひとつです。

全体的には、古風でゆったりとした曲となっています。

『執着獅子』に同じ。

花見踊[はなみおどり]

春、桜満開の上野に、丹前侍・湯女[ゆな]・若衆・町娘・町人・座頭・奴[やっこ]などの元禄風俗を彩るさまざまな人が集います。

総踊りの代表作といわれる演目です。

『花見踊』[はなみおどり]は通称で、本来は『元禄花見踊』 [げんろくはなみおどり]といいます。

羽根の禿[はねのかむろ]

禿[かむろ]とは、遊女の小間使いで、六歳~十三、四歳くらいまでの少女をさしていいます。

この曲は、少女の年齢不相応のおませさを表現しながら、初春の廓の雰囲気を描いた演目です。

藤娘[ふじむすめ]

日本舞踊の演目として、あまりに有名な一曲。とくにアマチュア日本舞踊家の中では、憧れの対象にもなっている曲、 と言ってもいいのではないでしょうか。

その衣装の美しさ・舞台装置の華やかさ、憧れを得るに十分な一曲です。

双面[ふたおもて]

双面とは、もともと歌舞伎のなかで、

「恨みを持ったものの霊魂が、そっくり同じ扮装で登場し祟ろうとする。そこで神仏の力によって、本性が見顕される。」

という種類の舞踊をさしていうものです。

双面水照月[ふたおもてみずにてるつき]

今日、双面[ふたおもて]と言えば、この双面水照月[ふたおもてみずにてるつき]をさしていうくらい、有名な曲です。

もとは、金にも女にも目がないという、悪徳かつ破廉恥で堕落した坊主である法界坊の芝居、『隅田川続俤』 [すみだがわごにちのおもかげ]の大切で、終幕にあたる曲です。日本舞踊では、これを独立させて上演します。

船弁慶[ふなべんけい]

この『船弁慶』では、静御前と平知盛[たいらのとももり]の霊の役を、ひとりで演じて踊ることになります。

義経との別れを惜しむ静御前の哀切さ、知盛の凄絶さという、ともに義経に対する愛憎ふたつの感情を、 ひとりの演者が踊り分けることになるわけです。

もちろん、最もこれがこの『橋弁慶』の難しい点ではありますが、もっとも見どころとされる点でもあるのです。

文屋[ふんや]

『六歌仙容彩』[ろっかせんすがたのいろどり]のひとつである、『文屋』[ふんや]は、平安時代の文屋康秀[ふんややすひで]が、 粋な江戸の気分を踊る、という趣向の構成となっています。

『六歌仙容彩』[ろっかせんすがたのいろどり]にあるように、もと小野小町をめぐって思いを打ち明けるが、その恋は成就しない、 というストーリーのはっきりとした変化舞踊のひとつだけに、ストーリーを保ちながらも、 江戸気分での軽妙でありながら滑稽な感じの味を出すことが、とても難しい演目とされています。

棒しばり[ぼうしばり]

能狂言をもとにつくられた舞踊であり、松羽目物のひとつといえる演目です。

松羽目物ですから、舞台装置は、正面には鏡板があり、その前には長唄囃子連中が並ぶというかたちになります。

曲中、棒に両手を縛られたまま踊る場面があり、舞踊の名手といわれた、初演の六代目尾上菊五郎や七代目坂東三津五郎に、 手を使わずに踊らせるという趣向のためにつくられた舞踊、ともいわれています。